乳癌の術前化学療法

国立がん研究センター東病院化学療法科
杉山 絢子/Junko Sugiyama
向井 博文/Hirofumi Mukai
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乳癌術前化学療法の適応

 乳癌の術前化学療法は,1970年代から手術不能局所進行乳癌や炎症性乳癌を対象に,腫瘍を縮小させ手術を可能にすることを目的に始まった。その後1990 年代後半からは,より整容性の高い乳房温存術の施行を目的に,手術可能浸潤性乳癌もその対象となった1)。現在,乳癌の術前化学療法は,(1)乳房温存手術を希望するが腫瘍径によりできない早期乳癌,(2)局所進行乳癌・炎症性乳癌,に対して標準的治療の一つとして実施されている。

術前化学療法の意義

A. 術前術後化学療法の比較

 再発リスクの高い乳癌患者における術後化学療法は,全身の微小転移を根絶させることで生存率を改善させる。化学療法を術前・術後に行う場合の効果を検討した初めての大規模ランダム化比較試験は,NSABP(National Surgical Adjuvant Breast and Bowel Project)B-18 試験である。この試験では,当時の乳癌標準治療であった術後のAC 療法を術前実施と比較した結果,無病生存期間(disease free survival/DFS),全生存期間(overall survival/OS)に差は認めず,術前実施において乳房温存率が優れていた(67% vs 60%)2)。この他の多くの臨床試験が実施され,メタアナリシスにより術前化学療法は術後化学療法と同等の生存期間が得られ,乳房温存率が高まることが証明された3)

B. 術前化学療法のメリットとデメリット

 乳癌における術前化学療法のメリットは,(1)術前化学療法により腫瘍のサイズ縮小をねらい乳房温存率の向上や手術可能例の増加が図れる点,(2) in vivo で化学療法の反応性を確認できる点,がある。また,5%程度存在する化学療法抵抗性群においても,早期に手術療法へ移行でき,効果のない不要な化学療法を避けることができるという利点がある。

デメリットについては,術前化学療法が行われ始めた当初,懸念されていた創傷治癒不全といった手術のリスク増加は認めていない。現在わかってきた術前化学療法の問題点としては,化学療法の恩恵を受けにくいホルモン陽性乳癌の除外など,患者選別の工夫をすることなしに一律に術前化学療法を行うことがover treatmentにつながる可能性があげられる。

術前化学療法のエンドポイント

 術前化学療法で期待される最大の効果は,生存期間の延長である。しかし,生存期間の評価には長期間の経過観察が必要である。NSABP B-27では,全症例で術前術後の治療により予後は変わらなかったが,術前化学療法で病理学的完全奏効(pathological complete response;pCR)を得られた症例では,それ以外の症例に比較してDFS,OSが良好であった2)。化学療法の奏効率は身体所見や超音波検査・MRIなどの画像検査での腫瘍縮小効果から測られ,病期やレジメンによるが約75〜80%とされる1)。このような臨床的奏効率よりも,pCRが有用な予後予測因子であることがわかり,術前化学療法におけるエンドポイントであるDFS,OSの代替指標(サロゲートマーカー)として用いられることが多い。しかし,pCRの定義は臨床試験グループ,あるいは国ごとに異なっていることに注意が必要である4)表1)。

表1
pCR の定義の違い

術前化学療法の現在とこれから

 現在,乳癌の術前化学療法には,術後化学療法で効果が認められたレジメンが使用されている。日常臨床で頻用されているのは,アントラサイクリン系抗癌剤,またはアントラサイクリン系抗癌剤とタキサン系抗癌剤の併用レジメンである。アントラサイクリンにタキサンを併用することで,pCR率は向上することが知られており,とくに腋窩リンパ節転移陽性例では併用療法が好んで使用されている1)2)

 これからの術前化学療法には,腫瘍の生物学的特性と再発リスクに応じた,個別化治療の発想が必要となってくる。免疫組織化学の結果により分類される4 種類のサブタイプ,(1)エストロゲンレセプター(ER)and/or プロゲステロンレセプター(PgR)+かつHER2(-),(2)ER(+)and/or PgR(+)かつHER2(+),(3)ER(-)PgR(-)かつHER2(+),(4)ER(-)PgR(-)かつHER2(-),によりそれぞれ術前化学療法の反応性と予後が異なるという報告がある5)。GeparDuo trial でアントラサイクリン/ タキサン術前化学療法を行った患者116 人の患者を対象とした後方視的検討の結果を表23 に示す。ホルモン受容体陽性例ではpCR にかかわらず予後は良好であり,ホルモン受容体陰性例でとくにpCR が達成できなかった場合の予後は悪かった。また,GeparTrio 試験の結果から治療早期の反応性がpCR 予測に有用であり,交差耐性のない薬剤を用いても治療効果が上がらないことが示され6),ホルモン受容体陽性例で早期治療反応性のない患者に対する治療戦略の見直しが必要である。HER2 陽性乳癌に対しては,術前化学療法に加えてトラスツマブを術前に使用することにより,pCR率は大きな改善を認めており6),標準治療として日常臨床での実施が望まれる。

表2
サブタイプとpCR の相関(GeparDuo での後方視的解析)
表3
サブタイプとDFS の相関(GeparDuoでの後方視的解析)
●文献
1) Buzdar AU:Preoperative chemotherapy treatment of breast cancer:A review.Cancer 110:2394〜407,2007.
2) Rastogi P,et al:Preoperative chemotherapy:Update of National Surgical Adjuvant Breast and Bowel Project Protocols B-18 and B-27.J Clin Oncol 26:778〜85,2008.
3) Mauri D,et al:Neoadjuvant versus adjuvant systemic treatment in breast cancer:A meta-analysis.J Natl Cancer Inst 97:188〜94,2005.
4) Mukai H,et al:Assessment of different criteria for the pathological complete response(pCR)to primary chemotherapy in breast cancer:Standardizationis needed.Breast Cancer Res Treat 113:123〜8,2009.
5) Darb-Esfahani S,et al:Identification of biology-based breast cancer types with distinct predictive and prognostic feature:Role of steroid hormone and HER2 receptor expression in patients treated with neoadjuvant anthracycline/taxane-based chemotherapy.Breast Cancer Res 11:R69,2009.
6) Untch M,et al:Review recent advances in systemic therapy advances in neoadjuvant(primary)systemic therapy with cytotoxic agents.Breast Cancer Res 11:203,2009.
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