肝転移の化学療法
(1)肝転移の全身化学療法/乳癌

浜松オンコロジーセンター腫瘍内科
渡辺 亨/Toru Watanabe
PDF Download スライドと音声で閲覧できます
Web Cast

はじめに

 乳癌手術後症例の約3割は,10年以内に遠隔転移を生ずる。乳癌は,骨,肺,リンパ節などと並んで,肝臓に転移を形成することが多く,初再発臓器としては10%程度,全経過を通じると50%程度の症例に発症する。しかし,乳癌の場合,肝臓だけに転移が限局している症例は3〜5%以下ときわめて少ないため,大腸癌の肝転移とは異なり,ラジオ波焼灼,エタノール注入などの局所治療の適応はない。また,抗癌剤の肝動脈注入に関しては,後述する全身的抗癌剤治療に勝るほどの効果がないうえに,感染,穿孔などのカテーテルトラブルのための害悪を伴うことから,『乳癌診療ガイドライン』では,推奨「D」,すなわち,日常診療では行うべきではないとされている。

 乳癌の肝転移は,血行性,全身転移であり,治療はあくまで全身的薬物療法を選択する。また,肝臓などの遠隔臓器に転移を有する転移性乳癌治療の目標は,「PPP」と覚えておくとよい。すなわち,症状の緩和(Palliate symptoms),症状発現の先送り(Prevent symptoms),延命(Prolong survival)が治療目標であり,治癒(Cure)が得られる可能性はきわめて低いため,最初から治癒を目標に設定することはしない。

乳癌肝転移症例に対する検査の進め方

 転移性乳癌症例では,転移が肝臓のみに限局していることはきわめてまれである。したがって,画像診断,血液検査などを適切に用いて,他臓器への転移の有無,肝転移の程度などを適切に把握するために,十分な検査が必要である(表1)。

表1
乳癌肝転移症例に対する必要な検査

全身的薬物療法の進め方

 全身的薬物療法を選択するうえで,visceral crisisか否か,原発病巣の生物学的特性,今までに行われた全身的薬物療法の3点を考慮する。

A.Visceral crisisかどうか

 転移性乳癌症例における,広範囲な肝転移,リンパ管性肺転移,脳圧亢進症状を伴った脳転移は,「visceral crisis (危機的内臓転移)」として,生命の危機を伴うことから,特別な考慮を必要とする。肝転移の場合,表2にあげる項目のいずれかに該当する場合には,visceral crisisと考える。Visceral crisisと判断されるような病態の場合,不良な予後が推察される。また,症状緩和効果が速やかに発現する治療を可能な限り選択する必要がある。すなわち,ホルモン療法が奏効する可能性がある症例でも化学療法を選択する,HER2陽性の場合には,トラスツズマブ単独よりも化学療法との併用を行う。

表2
乳癌肝転移によるvisceral crisis

B.原発病巣の生物学的特性

 原発病巣手術検体を用い,エストロゲン受容体(ER),プロゲステロン受容体(PgR),HER2を必ず検査しなくてはならない。HER2は,Herceptest®などを用いた免疫組織化学染色で擬陽性(2+)の場合には,必ずFISH法を用い,遺伝子増幅の有無を検査する必要がある。これらの生物学的特性は,術後の薬物療法選択の際にも不可欠な情報であるが,再発時の薬剤選択の際に重要な基本情報となる。原発病巣に関する情報が利用できない場合,肝臓以外に,体表リンパ節,皮膚などに転移がある場合には,生検を行い上記の検査を行う。

C.肝転移診断までに行われた全身的薬物療法

 術後薬物療法の有無,内容,および終了から肝転移診断までの期間や,再発診断後で,肝転移が診断されるまでの間に行われた全身的薬物療法の有無,内容などにより,治療薬剤選択は,さまざまに異なるものである。いくつかの原則的事項をあげてみよう。

(1)ホルモン受容体陽性であっても,再発後に行われたホルモン療法が奏効した既往がなければ,次治療としてホルモン療法は選択しない。
(2)すでに使用された薬剤で使用中に増悪が確認された場合には,同一薬剤は二度と使用しない。
(3)HER2陽性であっても,トラスツズマブ使用中に増悪した場合には,トラスツズマブ単独での再治療は行わない。

薬剤選択のアルゴリズム

 肝転移の場合であっても,肺,骨など,他の臓器への転移の場合と基本的には変わらない(図1)。すなわち,ホルモン療法の効果発現が期待でき,visceral crisisに該当しない場合には,可能な限り,ホルモン療法を継続する。ホルモン療法は術後に使用された場合には,それを第一次ホルモン療法と位置づけ,転移後は,二次,三次と治療を進める。ただし,ホルモン療法が奏効しない場合には,次治療としては,抗癌剤治療を選択する。HER2陽性の場合には,トラスツズマブによる治療を選択する。

図1
乳癌診療の進め方 転移・再発後の治療

おわりに

 乳癌の肝転移はホルモン療法が効きにくいとか,予後の悪い肝転移によく効く薬がいい薬である,というような誤った情報がまことしやかに伝聞されている。しかし,EBMの手法を取り入れながらそれらの情報を吟味してみると,多くは信頼性が乏しい。おそらく,限られた臨床経験や,バイアスが排除できないような検討方法で導かれたものだろうと思われる。乳癌の肝転移ということで,特別な対応をするというのではなく,転移性乳癌に対する標準的治療を習得し,活用することがもっとも重要なアプローチであることを忘れてはならない。

メニューページへもどる
巻頭言.肝転移治療の多様化と新しい診療体制
肝転移診療の流れ
肝転移の画像診断
肝転移の外科治療 (1)大腸癌肝転移の外科治療
肝転移の外科治療 (2)胃癌肝転移の外科治療
肝転移の外科治療 (3)GIST・内分泌腫瘍・カルチノイド肝転移の外科治療
肝転移の化学療法 (1)肝転移の全身化学療法 /胃癌
肝転移の化学療法 (1)肝転移の全身化学療法 /大腸癌
肝転移の化学療法 (1)肝転移の全身化学療法 /乳癌
肝転移の化学療法 (2)肝転移の動注化学療法
肝転移の局所療法 肝転移に対するラジオ波焼灼術(RFA)