肺癌の分子標的治療

徳島大学医学部分子制御内科学
曽根 三郎/Saburo Sone
(現 大学院ヘルスバイオサイエンス研究部 呼吸器・膠原病内科学分野)
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上皮成長因子レセプターチロシンキナーゼに対する阻害剤

はじめに

 癌の増殖進展に関わる標的分子として,増殖因子やそのレセプター,シグナル伝達分子,細胞周期関連分子,アポトーシス関連分子,薬剤耐性関連分子,癌抗原,宿主側の応答細胞に発現される血管新生関連分子や浸潤・転移に関わる分子群などがある。癌の悪性化に関わるそれらの分子を標的とした薬剤を分子標的薬と呼んでおり1),従来の抗癌剤との対比を示した(表1)。本稿では,本年7月に世界に先駆けて本邦で「手術不能又は再発非小細胞肺癌」の効能・効果で承認された上皮成長因子レセプターチロシンキナーゼ阻害剤(EGFR-TKI) ,イレッサについて概説する。

[表 1]
分子標的薬の特徴

非小細胞肺癌とEGFレセプター過剰発現

 肺癌はもっとも予後不良な難治性癌の一つで,5年生存率は12〜14%に過ぎず,本邦におけるその死亡者数は年々増加しており,悪性腫瘍による死亡原因の第1位となっている。

 肺癌はその組織型から,頻度の高い順に腺癌,扁平上皮癌,大細胞癌,小細胞癌に分類されるが,生物学的および臨床的に性質が他の組織型と大きく異なる小細胞癌に対し,他の3組織型は予後と治療方針に差異がみられず非小細胞肺癌(non-small cell lung cancer;NSCLC)と一般に呼ばれている。

 NSCLCは全肺癌の80%以上を占め,化学療法への感受性も低く,有効な治療薬剤が少ないことから新薬の開発が望まれている。

 EGFレセプターファミリーとして,現在4つのレセプターが知られている。現在もっとも注目されているのが,EGFおよびTGF-αに対するE G F レセプター(E G F R)とHer2/neuとして知られるErbB2があげられる。EGFレセプターは,多くの上皮系腫瘍(NSCLC,胃癌,大腸癌,前立腺癌,頭頸部癌,乳癌など)において発現または過剰発現が認められており,NSCLCの過剰発現は40〜80%にみられ,癌の増殖,血管新生,浸潤,転移といった一連の進展プロセスに関わることから2),そのシグナル伝達阻止は治療効果に結びつける格好の標的分子とされている(図1)

[図 1]
EGF レセプターを介したシグナル伝達系と癌の悪性化

E G F レセプター阻害剤(イレッサ)

 イレッサ(一般名:ゲフィチニブ)はこのEGFRチロシンキナーゼATP結合部位においてATPと競合的に結合することによりチロシンキナーゼ活性を阻害し,EGFRの自己リン酸化を阻害することで,癌増殖のシグナル伝達を遮断する。

  第I相試験で非小細胞肺癌に奏効例が認められたことにより3),2000年9月より欧州,豪州と日本で,1〜2レジメンの化学療法歴(少なくとも1レジメンはプラチナ製剤を含む)のある進行NSCLC患者を対象に,本剤単独投与による無作為化二重盲検試験が行われた。投与は250mgと500mgの2群において,病勢進行または副作用により服用不可となるまで1日1回連日経口投与で行われた。本試験には日本人102例,外国人108例の計210例が登録された。年齢の中央値は60歳,男女比は7:3で,組織型は,腺癌63%,扁平上皮癌21%,大細胞癌9%,その他8%であった。全奏効率(CR+PR)は250mg群で18.4%,500mg群で19.0%と2群間に差はみられなかった。非小細胞肺癌患者においてSDが予後の指標となり得ることが示されていることから,SDを含む病勢コントロール率(CR+PR+SD)では250mg群で54.4%,500mg群で51.4%であった。奏効率において日本人症例が外国人症例に比べて高く,250mg群でそれぞれ27.5%および9.6%,500mg群で27.5%および11.1%であった(図2)。イレッサ投与にてPRを示した症例を示した(図3)。この違いは背景因子として日本人症例においてP S 2 の患者が少なかったこと,腺癌が多く未分化癌が少なかったこと,女性が多かったことが影響していると考えられた。この違いは,病勢コントロール率,無増悪生存率においても同様の傾向を示した。またQ O L評価にはFACT-Lが用いられ,うち肺癌関連症状の改善度を肺癌サブスケール(LCS)を用いて評価した。自覚症状改善率(250mg群)は40.3%であり,症状改善までの期間中央値は8日であり,きわめて迅速に症状改善がみられた。EGFR過剰発現とその阻害剤の臨床効果との相関に関する検討が今後必要である。イレッサ2 5 0 m g 投与例において,日本人副作用評価対象例51例中50例(98.0%)および外国人副作用評価対象例52例中38例(73.1%)において副作用が認められた。副作用の多くはGrade 1または2であり,Grade 3以上の副作用は少なく(図4),骨髄抑制などの重篤な副作用は認められなかった。日本人副作用評価対象例における主な副作用は発疹,下痢,B痒症,皮膚乾燥などであった。重大な副作用として,重度の下痢,脱水を伴う下痢,肝機能障害,間質性肺炎が報告されている。とくに,急性肺障害や間質性肺炎の発症例は約50%が死亡している点で,注意深い経過観察が求められる。副作用発現の頻度は決して低くはなく,また重大な副作用も報告されていることから,服用に際しては経過中の観察を十分に行うことが必要である。

[図 2]
EGF 受容体阻害剤ZD1839 抗腫瘍効果
[図 3]
イレッサによるPR 症例
10カ月にわたり放射線治療,2つの異なる併用化学療法にて奏効しなかった肺腺癌症例(61歳,女性,T4N3M1):イレッサ投与 1 週後に胸水消失し,腫瘍陰影(丸印)も縮小傾向を示し,投与4 週後,下肺野転移巣の消失と明らかな腫瘍陰影縮小効果がみら れた。本症例は連日投与するも13 カ月後に再発と判定した
[図 4]
主な副作用のGrade 別発現頻度

今後の課題

 癌の増殖,転移に対する分子標的薬の開発が多くなされ,有効性が臨床の場で実証されつつある。

  EGFR阻害剤投与症例で1年にわたり癌進展がみられないN C(no change)症例も経験しており,長期NCの評価をどうすべきか,また何をもって効果を予測するのかなど検討すべき課題が多い。難治癌であるNSCLC症例に対して高額医薬品であるイレッサ治療をいつまで継続すべきかも大きな問題である。一方,イレッサによるPR症例も1年以上経過すると再発することが多く,従来の癌治療を併用してQOLを保持しながらいかに生存期間の延長を図るかは重要な検討課題である。

  進行した肺癌に対する治療戦略として担癌状態をいかに少なくするかという観点から,従来の抗癌療法(外科切除,放射線照射,抗癌剤)とEGFレセプター阻害薬との併用療法が期待されている4)。基本的には,短期間に癌縮小のための治療を,長期的には癌との共存を図る治療戦略が重要と思われる(図5)。最近,2つの異なるレジメンの化学療法(gemcitabine+cisplatin,carboplatin+paclitaxel)とイレッサとの同時併用療法による第III相試験が検討されたが,生存期間の延長効果はいずれの併用でも認められないと発表された。抗癌剤とはまったく異なった概念から登場したイレッサをいかに併用するかという点については有効性だけでなく安全性についてもまったく不明である現状において,QOL保持と生存期間延長をエンドポイントに最適な併用薬の組み合わせや投与スケジュール,抗癌剤投与量の設定などについて慎重な臨床試験が必要とされる。

  現在,非小細胞肺癌のcDNAマイクロアレイによる遺伝子解析を目的としたイレッサ治験が進められており,日本人のデータベースの蓄積がなされている。近い将来,TNM分類に加えて個々の患者の癌に関する多数の遺伝子発現情報をあらかじめ把握できれば,個別化医療としてより有効な分子標的薬剤の選択や併用が可能になるものと思われる。

[図 5]
肺癌克服のための治療戦略
 ●文献
 1) 曽根三郎:抗腫瘍薬の新しい展開;分子標的治療薬.臨床医 28:1644〜1651,2002.
 2) Slichenmyer WJ,Fry DW:Anticancer therapy targeting the erbB family of receptor tyrosine kinases. Semin Oncol 28:67〜79,2001.
 3) Herbst RS,Maddox AM,Rothenberg ML,et al:Selective oral epidermal growth factor receptor tyrosine kinase inhibitor ZD1839 is generally well-tolerated and has activity in non-small-cell lung cancer and other solid tumors:Results of a phaseItrial. J Clin Oncol 20:3815〜3825,2002.
 4) Raben D,et al:ZD1839,a selective epidermal growth factor receptor tyrosine kinase inhibitor,alone and in combination with radiation and chemotherapy as a new therapeutic strategy in non-small cell lung cancer.Semin Oncol 29:37〜46,2002.
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巻頭言.肺癌治療の展望
肺癌の診断指針
肺癌の内視鏡治療
肺癌の手術療法
肺癌の放射線治療
III期非小細胞肺癌の治療
IV期非小細胞肺癌の治療
小細胞肺癌の治療
癌性胸膜炎,心嚢炎の治療
肺癌の分子標的治療
以下2005年秋号
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